温泉に行きたい・・・そう考えたとき、いわゆる温泉ランキングを参考にすることってありますよね。ところが、そんな温泉ランキング、日本では江戸時代に登場していたってご存知ですか?
大相撲の番付が定着していた江戸時代、その番付を歌舞伎役者にも行なったことがそもそもの始まりなんだとか。番付というスタイルが流行しだし、町や芸者などに応用されたのだそうです。
そして生まれたのが、温泉番付。現在でも江戸時代の温泉番付は力があるらしく、順位の高かった温泉地はそれを誇りにしているみたいですよ。
温泉番付はその後何度も制作され、順位にも変動がありました。温泉をランキングすることは定着したのですが、いわゆる「番付」の形をとる風習は明治時代以降徐々に減っていったそうです。
ところで、江戸時代の温泉番付ではどの温泉が1位を獲得していたのだろうか? 気になりますよね。
温泉番付のランク付けは、「大関」「関脇」「小結」から「前頭1~30」と、合計33つによって、しかも東西に分かれて行なわれていました。
西の大関は兵庫県の有馬温泉、そして東の大関は群馬県の草津温泉!
そして、西の関脇は兵庫県の城崎温泉、東の関脇は栃木県の那須湯本温泉。西の小結は愛媛県の道後温泉、東の小結は秋田県の男鹿温泉でした。
こうして見ると、今でも人気の温泉が多いようですね。
現在でも、「じゃらん」の人気温泉地ランキングなど、インターネットや旅行ガイドで温泉を格付けすることは人気の手法。しかも、地域別や泉質別に格付けをしたり、露天風呂だけでランキングするなど、どんどん細分化されているんです。
時代は変わっても、日本人の温泉好きとランキング好きは変わらないようですね。